１９２８年（昭和３年）兵庫県生まれ。京都大学理学部卒業。京大名誉教授。文化庁長官。日本のユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者。文化功労者。独自の視点から日本の文化や社会、日本人の精神構造を考察し続け、物語世界にも造詣が深い。『こころの処方箋』、『大人の友情』、『猫だましい』など著書多数。

先日、映画やテレビで活躍され、俳優の長門裕之さんとおしどり夫婦と親しまれた女優の南田洋子さんが、くも膜下出血のため亡くなられました。７６歳だったそうです。若かりし頃のお二人のお姿や、お歳を召されてからの仲睦まじいご様子が繰り返しＴＶで放映され、それだけに悲しみにくれる長門裕之さんのお姿がとても痛々しく映りました。

平均年齢が伸びて、長生きができるようになって…でもそれだけに老後をどう生きるかということも、人間にとって大きな課題になりつつあります。このことをテーマに書かれていた文章がとても印象的でしたので、今月は以前にもご登場頂きましたが、河合隼雄先生の言葉をご紹介させて頂きます。

＊　＊　＊

夫婦でも年をとってから相手が居てくれてよかったと思っている人と、「この相手さえいなかったら…」と思っている人とある。一人だったら好きなことができるのに、なまじ相手がいるので気を遣ってしまう。そして二人で顔を合わすと、何だかトゲトゲしてきて、腹が立つようなことを言い合ってしまうのである。このような夫婦で、片方が亡くなられ、残された方はそれ以後、元気で楽しく…と思っていたら、その方も相次いで亡くなられるような例が割にある。「居ない方がいい」と思っている相手に、実のところは無意識に依存していることが大きかったのである。

前に「文句を言っているうちが華である」と、述べたが、夫婦の場合もそうであることが多い。お互いに文句を言いながら、実はよりかかり合い、支え合っているのである。だから文句を言う相手が居なくなると、自分の方もガックリと参ってしまうのである。

一人でも落ち着いて楽しく過ごしている人もある。もっとも一人で楽しくと言っても、一人だから自由でいいとか、好きでもない人と一緒にいる人の気持ちが分からないとか、何のかのと言いながら、一人で楽しみを追いかけまわしたり、一人の楽しさを見せびらかしたりして生きているような人もあるが、そんなのは偽物であることが多い。本当に楽しい人は、もう少し静かである。一人でも結構楽しいのだから、何のかのと他人をわずらわす必要がない。一人の楽しさを多くの人に見せつけている人は、本当の一人になった時、それに見合うだけの税金として、相当な涙を流して居られると考えていいだろう。それもまたひとつの生き方で、別によしあしは論じることもないが、ただ羨ましがる必要のないことは事実である。

一人で楽しく生きている人は、心の中に何らかのパートナーを持っているはずである。もちろんそのパートナーは人によって異なる。「内なる異性」のこともあろう。母なるもの、父なるもの、かも知れない。「もう一人の私」と表現されるかもしれない。ともかく「話し相手」が居るのである。人間は自分の考えを他人と話し合うことによって、随分と楽しむことができるし客観化することもできる。一人で生きてゆくためには、そのような意味で「二人」で生きてゆくことができねばならない。

二人で生きている人は、一人でも生きられる強さを前提として、二人で生きてゆくことが必要である。無意識的よりかかりや、だきこみが強くなりすぎると、お互いの自由をあまりにも奪ってしまい、たまらなくなってくるのである。このことは別に依存が悪いと言っているのではない。人間は誰かにある程度依存のしないと生きてゆけないし、依存したり、されたりするのも楽しみのひとつとも言える。問題は、まったく無意識的に一人立ちの力を失ってしまっているところにある。一人でも生きてゆける人間が二人で生き、お互いに助け合ってゆくところに楽しみが見出せるものなのである。

同じようなことをしていても、時間のあるなしによって結果は大分変わってくる。一人でも二人、二人でも一人で生きるつもりができているか。それをどの程度やっているかなどについて自ら知っていることが必要である。

『こころの処方箋』（新潮文庫）より抜粋

終わり ――― 次月をお楽しみに!!